矢津田牧場
熊本県 阿蘇郡 親牛:33頭、子牛:22頭 取材日:2023年9月4日
はじめに
牛舎の涼しい風とともに、新生牛が初めての一歩を踏み出します。この瞬間が、一年一産と呼ばれる農家の一大イベントであり、その背後には無数の試練と工夫、そして無償の愛があります。生まれたばかりの牛が初乳を飲む瞬間から、健康を維持しながら一年で一度の繁殖を目指すまで、農家の人々は様々な困難に立ち向かっています。特に発情の確認や下痢の予防など、多くの要因が影響を及ぼすこの過程は、日々の観察と即座の対応は欠かせません。この記事では、牛の健康管理と一年一産への挑戦について紹介していきます。
立ち上がる力:子牛の最初の5分
牛の健康を考える際に特に気を付けていることは何ですか?
やっぱりすぐ乳を飲むかですね。初乳を飲めば安心するのですが中には立ち上がりが悪く初乳をすぐに飲めない子もいます。うちの子牛は生まれてからだいたい5~6分ぐらいで立ち上がるんですが立ち上がらない子には人工乳をあげることで立ち上がらせる方法があります。人工乳を一回腹に入れておくと自分で立ちはじめるんですね。油さしにだいたい200~300mlちょっと入れて飲ませておくだけで立ち上がりの勢いが全然違います。「もっと飲みたい!」という気持ちにさせてしまうことが大事ですね。分娩の時間も決まっているわけではないため夜中から立ち会いますし、生まれてからも2~3割ぐらいは自分で立ち上がれない子牛もいます。初乳を飲むところまで気が休まらないとても大変な仕事だと思います。 気が休まらない仕事というのは本当に大変ですね。奥様と2人で運営されているんですか?後継者についてもお考えをお聞かせいただいてもいいですか? 現在は妻と両親の4人で経営しています。子供はまだ上が外国語大学の大学生、2番目が高校生、3番目が中学生とまだまだ跡継ぎなどは考えていませんね。 臭い対策から下痢予防まで:全方位的な牛のケア
季節や牛の成長に合わせて環境を変えることはありますか?
夏場は扇風機を付けます。また、堆肥を出したときは「エスカリウ」を使って臭い対策をします。成分はカルシウムやケイ素が多く入っていて、臭いの原因のアンモニアを吸着し臭わなくしてくれるんです。アンモニアが充満すると咳をしたり喘息の原因になるので。そして冬場はヒーターを使ったり、牛用のネックウォーマーを着せてあげたりします。ネックウォーマーはかなりいいですよ。人間と一緒で牛も首が寒いみたいなので首を温めるようにしてあげると喜んでくれます。ほかにも牛用のジャケットを着せてあげたりして防寒対策しています。知り合いの農家さんに教えてもらったのでやってみたら効果絶大でした。 あとは、餌食いが悪い時や親の発情が来ない時にビタミン剤の「デュファゾール」を与えています。これを飲ませると餌の食いが急によくなるので愛用しています。 牛たちが健康に過ごすために特に心がけていることは何ですか? 下痢させないことですかね?下痢する牛は早期発見して治療することを心がけています。ひどくなってしまうともう回復は見込めないですね。早く見つけて獣医さんに治療してもらえば2~3日ぐらいでよくなります。ですので朝起きて牛舎のチェックは欠かせません。また、早期発見で言うなら耳が垂れたり、頭を下げたままだったり、元気がなくずっと寝ていたり、目が曇っている子など見た目の様子で今後下痢する牛を事前に把握しています。 一年一産への挑戦:若手農家に贈る畜産の極意
やりがいや今後を担う若手の農家さんに伝えたいことなどあれば教えていただいてもいいですか?
「一年一産」させることにやりがいを感じます。発情が来て1回で種がつけばいいですけど今年のように暑い時には発情も来にくいし、種のつきが悪いのでとても難しいです。また牛舎の中にいるので冬場は発情がとても分かりづらいというのもあります。そういう時は獣医さんを呼んで診てもらい発情が来ているかを確認してもらっています。さらに最近の牛は発情が弱い傾向があります。特に未経産牛は発情が極めて弱いため、発情が来ているかを判別するのは至難の業です。未経産牛の発情が弱いというのはおそらくどの農家さんでも思われている共通の課題ではないですかね?若手の農家さんや新規就農される農家さんもまず一年一産させ、下痢を極力させず健康な牛を作ってセリに出してほしいです。 編集後記
記事を通して見えてきたのは、農家と牛が築き上げる深い信頼関係と共存です。それは「一年一産」の成功が単なる生産効率やビジネス成功に留まらず、牛一頭一頭に対する深い愛情と責任感からくるものであると強く感じました。牛が健康でいられるような環境づくり、早期発見と治療、そして常に最良の状態を追求するこれらの努力は、矢津田さんの掲げる「牛に感謝」の具体的な形であると言えます。矢津田さんの情熱と献身的な姿勢に心から敬意を表し、これからもその知識と経験が次世代の農家に受け継がれていくことを願っています。
エスカリウ
天然の珪石や石灰石を原料にした多孔質の粉粒体のケイ酸カルシウムです。
畜舎や堆肥場の臭いを抑える効果があり、牛の病気を未然に防ぐために使っています。
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